100年のあゆみ
Anniversary 100th
1960年(昭和35年)、東京芝浦電気(株)が日本初のカラーテレビを発売し、その後1964年(昭和39年)の東京オリンピックでカラーテレビが映し出す映像の迫力が視聴者に伝わり、カラーテレビの普及が進みました。カラーテレビはクーラーや自動車とともに「新・三種の神器」の一つに数えられるようになりました。
その全盛の時代にわが社は、1967年(昭和42年)よりカラーブラウン管の心臓部である電子銃の組立を依頼され、蒲田工場・福島工場で1976年(昭和51年)までの10年間その生産に携わりました。
最盛期、1974年(昭和49年)には月産75,000本の生産を行いました。